コラムVol.150 マネーライターの取材裏話――マネー誌に書かなかったこと&書けなかったこと 「いつまでもあると思うな」の警告

2022年9月12日
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森田 聡子 (もりた としこ)
早稲田大学政治経済学部卒業後、地方紙勤務を経て日経ホーム出版社、日経BPにて『日経おとなのOFF』編集長、『日経マネー』副編集長、『日経ビジネス』副編集長などを歴任。2019年に独立後は書籍や雑誌、ウェブサイトなどで、幅広い年代層のマネー初心者に対し、難しい投資・税金・保険などの話をやさしく、分かりやすく「書く」(=ライティング)、「見せる」(=編集)ことをモットーに活動している。著書に『節税のツボとドツボ』(日経BP)、編集協力に『マンガ 定年後入門』(日本経済新聞出版社)、『教科書には書いてない 相続のイロハ』(日経BP)。

「いつまでもあると思うな」の警告

NHKの大河ドラマ「鎌倉殿の13人」が初代鎌倉殿こと源頼朝の死により後半戦に突入し、タイトルが暗示する鎌倉幕府幹部によるパワーゲームが熾烈を極めてきました。

主人公の北条義時(第2代執権)は本来気弱な平和主義者なのに、身内や同僚の裏切りに遭いながらも、己を消して断固幕府を守り抜きます。ドラマを通して描かれる宮仕えの辛さや、数々の試練を経て冷徹なナンバー2へと変貌していく義時の生きざまに、心を揺さぶられるサラリーマンが少なくないようです。

脚本を手掛ける三谷幸喜氏は、ドラマの時代と現代との共通点を「日本の人口減少期に当たること」と指摘しています。

歴史上、日本の人口カーブが下り坂になっている局面は計4回あります(縄文後期・鎌倉期・江戸中期・現代)。ドラマの時代は、これも現代を思わせる温暖化により干ばつが頻発し、飢饉が広がって死亡率の上昇、出生率の低下を招いたようです。

人口が減少する国で懸念されるのが「国力の衰退」です。今年に入って急速に進んだ「円安」は、日本と海外の金利差の拡大だけが理由なのではなく、むしろ縮小していく経済を見越した「日本売り」なのではないかと論じる専門家もいます。

鎌倉期も現代も長い日本の歴史の中では「踊り場の時代」と言え、当時の日本人が時代や国家をどう捉えていたのかも気になるところです。

鎌倉きっての知識人と言えば、京都の賀茂御祖神社(下鴨神社)の禰宜(宮司補佐)の子として生まれた、歌人で作家の鴨長明が挙げられます。長明が随筆『方丈記』の中で綴っていたのが、かの有名な「ゆく川の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず」という一節です。

「諸行無常」という仏教の言葉にも置き換えられるこの一節は、視点を変えれば「あって当たり前」と信じて疑わないことの危険性を示唆しているようにも思えます。後の時代の狂歌で言うなら、「いつまでもあると思うな親と金」でしょうか。

そこで現代に目を移すと、「ジャパン・アズ・ナンバー1」と世界に経済力を誇示した1980年代に比べて諸外国の影響力が強まり、さらにグローバル化が進んだことで「日本の常識」や「日本的な価値観」が見直しを迫られています。

2022年4月からは東京証券取引所の個人投資家が投資できる市場が4つ(1部・2部・マザーズ・ジャスダック)から3つ(プライム・スタンダード・グロース)へと再編されました。上場基準をグローバルスタンダードに合わせることで海外からの投資を呼び込むのが狙いですが、この結果、取引先企業同士の株の「もち合い」や、グループ企業での「親子上場」といった日本独特の市場慣習は維持するのが難しくなると見られています。

個人投資家に人気の「株主優待」も同様で、制度そのものはすぐにはなくならないでしょうが、JTやオリックスのように廃止に踏み切る企業が増えそうです。株主優待も日本独自の制度ですが、株主様への季節のご挨拶といった意味合いが強いがゆえに、合理的な海外の投資家からは「コストの無駄遣い」と嫌気される可能性があります。

サラリーマンにとってより深刻なのは「退職金」です。これも、日本独自の制度と言われています。退職金は「給与の後払い」の位置付けですが、給与と違って、企業は退職金の支払いを義務付けられているわけではありません。結果として、新興企業や中小企業を中心に退職金制度を縮小したり廃止したりするところが増えていて、厚生労働省の『平成30年就労条件総合調査』によると退職金のない企業が約5分の1にも上っています(常用労働者30人以上の場合)。

もちろん、中には退職金の原資に回すお金を給与に充当するという企業もあるわけですが、「その分は将来に備えて貯蓄・運用しておこう」と考える殊勝な社員は、ほとんどいないのではないでしょうか。

先の『平成30年就労条件総合調査』では、大学・大学院卒の定年退職者(管理・義務・技術職)が手にした退職金の平均額は約2000万円となっています。奇しくも「公的年金だけでは老後資金が2000万円足りない」問題の不足額と一致し、数字上は退職金で老後資金不足の辻褄を合わせるという“一発逆転シナリオ”も考えられないわけではありません。

しかし、それはあくまで退職金が出る人の話。今の20〜30代はむしろ、退職金には期待しない方が良さそうです。とすれば、その分の老後資金はiDeCo(個人型確定拠出年金)やNISA(少額投資非課税制度)などをフル活用して自前で用意しておかなければなりません。加えて、定年後も住宅ローンの支払いを残すといった老後破綻の火種はさっさと消しておくのが賢明です。

ボーナスにも同じことが言えます。読者の中にも、コロナ不況でボーナスが大きく減ったり出なかったりして、住宅ローンやクレジットカード、奨学金のボーナス払いに四苦八苦した方がいらっしゃるかもしれません。退職金もボーナスも「あって当たり前」ではなく「いつまでもあると思うな」に分類される収入ですから、これらに依存した家計運営や返済プランは極力避けたいところです。

前述した株式のもち合いや株主優待、退職金などは、「おもてなしの心」にも通じる、相手への配慮に満ちた極めて日本的な制度という見方もできます。日本人なら、心情的には共感する方が多いのではないでしょうか。一方で、小さな国が生き残っていくためには、北条義時のように己を消し、グローバルなコンセンサスや常識に合わせて生きていく覚悟も求められます。

踊り場に立つ私たちは今、個人レベルでも「ゆく川の流れ」を冷静に見極め、「いつまでもあると思うな」リストを早急に見直していく必要がありそうです。

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